ゆる歴散歩♪



怪しい坊さん 文覚を訪ねて伊豆と鎌倉




約1年8ヶ月ぶりの更新です^^;;

伊豆へ頼朝流人時代を訪ねた旅の2日目は雨が上がりレンタサイクルでぐる〜〜〜っと♡
しかし暑かった〜〜〜
訪ねた文覚の毘沙門堂は坂道を
えっちらおっちら自転車で登ったあと、
歩きで山道を登り、、、
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ありました。
ここから更に階段を上ります。
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ここがまた、蒸し暑くてTシャツ絞れるくらい汗かきました;;;
更に上へ登り、、、
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到着!
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苔の綺麗なお庭です。
山奥すぎて人も来ないのか?
手入れはあんまりされてないようです。

でも、この山奥感や人も近寄らない感が、文覚にはぴったりと
はまると言うか、、、
この文覚さん
頼朝に平家を倒すべく
挙兵を決意させたと言う、、、
しかも義朝の髑髏持参の〜〜〜

いちいちやる事過激な坊さんで、
まずは出家したいきさつが凄くて、
もとは北面の武士
(院御所を守る武士←何事もなければ暇そう
たしか大河ドラマの平清盛も最初はこの仕事をしていてとっても暇そうでした)が、
若き文覚、遠藤盛遠(えんどうもりとお)
人妻だった袈裟御前に恋をします。

そして何とかその思いを遂げたいと迫る文覚に彼女は
『夫を殺してください』と、言います。
文覚は袈裟御前の夫の殺害を計画
ある夜こっそりと屋敷に侵入して
暗闇の中で夫を斬り殺しました。
ところが!
その斬った首を確かめるとそれは
夫ではなく男装した袈裟御前だったのです。

文覚と夫との間で苦しんだ彼女の決断は夫のふりをして文覚に斬り殺される事でした(泣)
彼女の菩提を弔う為に出家した文覚
(北面の武士が叶わぬ恋のあげく出家したってどっかで見た様な??
またまた大河ドラマの平清盛だけど西行の出家の理由が待賢門院に失恋した事でしたよね?
史実ではそれが美福門院とも上西門院とも、
または全く違う理由とも言われていますが)

そして荒行という荒行をかさねた文覚
京に帰ると評判の験者となっていて
神護寺の修復のための勧進帳をもって
あの後白河法王へ直談判!!
が、
彼の逆鱗に触れてしまって寄付どころか
伊豆へ流罪となり〜の、、、
そこで流人同士出会ってしまったのが
頼朝なのでした〜
(後白河法王の逆鱗に触れるエピソードがまたお互いはまり過ぎていて面白いのですがそれはまた機会があれば・・・)

そんな文覚
頼朝を挙兵へと決意させた時に
持参したものが義朝の髑髏かどうかは
定かではないけれど、、、
鎌倉の勝長寿院
ほど近くにおうちがありました。
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勝長寿院は頼朝が
義朝の菩提を弔うために建立したお寺で
義朝と一緒に亡くなった鎌田政清のお墓もここにあります。
(今は碑とそれぞれのお墓だけ残ってます)
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知らないと通り過ぎてしまうほどの小ささ

一時は実朝と政子も
ここに葬られたそうですが、
今は寿福寺
(政子は安養院にもお墓があります)

その後の文覚は
頼朝の護持僧となり活躍したそうな・・・
しかし頼朝亡き後は
また波乱の人生が待ち受け、
最後は流刑地の対馬へ行く途中、太宰府で命を落としたそうです。

いや〜〜映画の一本でも作れそうな
ドラマチックな人生だな〜と、
検索してみたらありました〜
地獄門
昭和28年って、、、かなり古いですね。。。
他、江戸時代には
歌舞伎や人形浄瑠璃の
題材にもなったようです。

京都には文覚と袈裟御前縁の
『恋塚寺』があります。
行ってみた〜〜〜い!!











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by midorikojika | 2017-07-08 00:42
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愛犬をお供にゆる?く史跡を巡った日記です
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