ゆる歴散歩♪



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木曾義仲とオンナたち

                     
8月の京都旅行で
                     
八坂の塔にある義仲さんの首塚を訪ねました〜
a0305530_22131527.jpg
朝日将軍木曾義仲
征夷大将軍でいたのはわずか10日…

最近、YouTubeで人形時代劇 平家物語を観るのにはまってます。
1話20分弱なので仕事の帰りの電車の中で観るのにちょうどいいんですよ^^
そこで初めて知ったのですが、

おモテになったのね。
義仲さま
知りませんでした。
巴の他にもそんなにあなたに
夢中なオンナがいたんて。。。

その時代、一夫多妻だから
何人もお妾さんがいても不思議ではないのだけど、
そのオンナたちが皆
義仲様と常に一緒にいたいと
武者として戦っていた事。
それがビックリ
この人には命かけて守りたい様な
魅力があったのでしょうか?

巴御前の他に葵御前山吹御前
その人形時代劇ではオンナのジェラシー炸裂の
『怖え〜〜〜』なシーンもありますが、
正妻となる冬姫(藤原伊子)は
切なく描かれています。
お姫様なのでもちろん戦いません。
たった3ヶ月の結婚生活だけど
お互い愛し合い、巴曰く
『殿は生まれて初めての恋をしているのです』と、
これも切ないけれど
子供の頃から兄妹の様に育ち、
義仲の事を知り尽くしている
巴ならではの台詞です。

そのドラマでは冬姫は義仲の後を追って自害しますが
*史実では源通親の側室になり生んだ子供が
後の道元(曹洞宗の開祖)になります。

葵御前は倶利伽羅合戦で討死
山吹御前は病気で最後まで
同行出来なかったそうです。

そして巴御前は
近江国粟津ヶ原での義仲最期の戦いで、味方が残り数騎となっても
義仲とともに死ぬことを願ったが、
義仲に諭され泣く泣く落ち延びて行き、
鎌倉に召し出され和田義盛の妻となり
和田一族が滅ぼされた後には、
倶利伽羅峠などでともに戦った石黒氏を頼って越中に住み、
91歳で亡くなったと伝えられています。
そして親友だった葵御前の近くに眠りたいと
富山県小矢部市の倶利伽羅県定公園に
葵塚と巴塚があります。
が、
伝説の多い、または架空の人物説もある巴
横須賀にもお墓があります。
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じゃ〜〜ん!
ここは、探しましたよ。
普通に歩いても見つかりません。
民家の裏庭なんです。

ホントにこれが巴御前のお墓か?
私は信じていますけどね。
朝比奈義秀を生んだ説
年齢が合わないから無いとしても
和田義盛と結婚はあったのか?
小田原の善栄寺
巴御前が木曾義仲と和田義盛の菩提を弔うために
創建したと伝えられています。

伝説いっぱいの巴御前
まだ各地にお墓と伝わるものがあるらしいので
これからも訪ねに行きたいです。

********************************

*冬姫が道元の母説も定かではないそうです。
(以下Wikipediaより)
義仲と冬姫の婚姻を語るのは『平家物語』だけで、
九条兼実慈円の書いた『玉葉』『愚管抄』には記述がないため、
『平家物語』の創作で実在の人物ではないとする見解もある

また、道元の両親が誰であるかについては諸説あり、

通親と伊子を両親とする面山瑞方による訂補本『建撕記』の記載の信用性には疑義が呈されている。










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by midorikojika | 2017-10-25 23:21


愛犬をお供にゆる?く史跡を巡った日記です
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