ゆる歴散歩♪



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六代のお墓

前回のお散歩で訪ねた文覚続きで、
文覚によってその運命を変えられたお方
      六代さん

 六代・・・・平の清盛の曾孫ちゃんです。
なぜ六代と呼ばれているかと言いますと、、、
清盛のお爺ちゃん、平正盛から数え
6代目に当たるからだそうです。
正盛、忠盛、清盛、重盛、維盛、
そして高清←六代は幼名です。

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なかなか、立派であります。。。
と、思いきや、、、この奥に、、、
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更にこの階段を上がって
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じゃ〜〜〜ん!!
すごい立派であります^^
大きなケヤキの木の下のお墓で
六代さんは何を思うのでしょうか??

1173年 
平徳子が高倉天皇に入内した、
まさに平家全盛の頃に生まれた六代
しかし10歳で平家は都落ち
父維盛の都落ちのシーンは涙を誘います。
出発しようと馬にまたがる維盛に
『置いて行かないで〜』
と鎧にすがる息子の六代
最後に弓のはしでサッと簾をかきあげ、
もう一度
妻と息子と娘の顔を見てから
静かに都を落ちて行く維盛。
これが永遠の別れとなります。

そして1185年
壇ノ浦で平家滅亡
(父維盛はその前に突然戦線を離脱し
放浪の末、那智で入水自殺)
京にいた六代は
北条時政に捕らえられ鎌倉へ送られ
処刑されるはず、、、でしたが

ここで文覚の登場です。

当時、頼朝の信頼を一身に受けていた文覚は
まだ幼い子を斬る事を良しとせず、
出家させて自分が面倒を見ると
頼朝に頼み込み、
六代は処刑を免れ妙覚(みょうかく)として
仏の道に生きることになりました。
荒くれ者で怪しい坊さん文覚だけど
こんな優しい一面もあったんですね〜^^
その後、1194年
鎌倉で頼朝に謁見した六代は
改めて謀反の意思が無い事を頼朝に告げます

しかし、その4年後
頼朝の死から1ヶ月、
三左衛門事件
文覚が関与していたとされ佐渡に流罪

そのころ全国各地を回る行脚修業の最中だった
六代はもちろん
事件には関与していなかったのです。
が、
修行を終えて京に戻ったところを
拘束され鎌倉に送られたあと
田超川にて斬首
享年26歳でした。

なにもしてないのに生きている事を
許されなかった六代。
平家の血が鎌倉幕府の脅威と
なってしまったのでしょう。

頼朝と言うカリスマを失った
鎌倉幕府はこのあと
血生臭〜い
権力争いを繰り広げて行くことになるのです。


六代御前の墓
JR逗子 または
京浜急行 新逗子駅より徒歩約10分










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by midorikojika | 2017-07-15 04:40

怪しい坊さん 文覚を訪ねて伊豆と鎌倉




約1年8ヶ月ぶりの更新です^^;;

伊豆へ頼朝流人時代を訪ねた旅の2日目は雨が上がりレンタサイクルでぐる〜〜〜っと♡
しかし暑かった〜〜〜
訪ねた文覚の毘沙門堂は坂道を
えっちらおっちら自転車で登ったあと、
歩きで山道を登り、、、
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ありました。
ここから更に階段を上ります。
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ここがまた、蒸し暑くてTシャツ絞れるくらい汗かきました;;;
更に上へ登り、、、
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到着!
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苔の綺麗なお庭です。
山奥すぎて人も来ないのか?
手入れはあんまりされてないようです。

でも、この山奥感や人も近寄らない感が、文覚にはぴったりと
はまると言うか、、、
この文覚さん
頼朝に平家を倒すべく
挙兵を決意させたと言う、、、
しかも義朝の髑髏持参の〜〜〜

いちいちやる事過激な坊さんで、
まずは出家したいきさつが凄くて、
もとは北面の武士
(院御所を守る武士←何事もなければ暇そう
たしか大河ドラマの平清盛も最初はこの仕事をしていてとっても暇そうでした)が、
若き文覚、遠藤盛遠(えんどうもりとお)
人妻だった袈裟御前に恋をします。

そして何とかその思いを遂げたいと迫る文覚に彼女は
『夫を殺してください』と、言います。
文覚は袈裟御前の夫の殺害を計画
ある夜こっそりと屋敷に侵入して
暗闇の中で夫を斬り殺しました。
ところが!
その斬った首を確かめるとそれは
夫ではなく男装した袈裟御前だったのです。

文覚と夫との間で苦しんだ彼女の決断は夫のふりをして文覚に斬り殺される事でした(泣)
彼女の菩提を弔う為に出家した文覚
(北面の武士が叶わぬ恋のあげく出家したってどっかで見た様な??
またまた大河ドラマの平清盛だけど西行の出家の理由が待賢門院に失恋した事でしたよね?
史実ではそれが美福門院とも上西門院とも、
または全く違う理由とも言われていますが)

そして荒行という荒行をかさねた文覚
京に帰ると評判の験者となっていて
神護寺の修復のための勧進帳をもって
あの後白河法王へ直談判!!
が、
彼の逆鱗に触れてしまって寄付どころか
伊豆へ流罪となり〜の、、、
そこで流人同士出会ってしまったのが
頼朝なのでした〜
(後白河法王の逆鱗に触れるエピソードがまたお互いはまり過ぎていて面白いのですがそれはまた機会があれば・・・)

そんな文覚
頼朝を挙兵へと決意させた時に
持参したものが義朝の髑髏かどうかは
定かではないけれど、、、
鎌倉の勝長寿院
ほど近くにおうちがありました。
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勝長寿院は頼朝が
義朝の菩提を弔うために建立したお寺で
義朝と一緒に亡くなった鎌田政清のお墓もここにあります。
(今は碑とそれぞれのお墓だけ残ってます)
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知らないと通り過ぎてしまうほどの小ささ

一時は実朝と政子も
ここに葬られたそうですが、
今は寿福寺
(政子は安養院にもお墓があります)

その後の文覚は
頼朝の護持僧となり活躍したそうな・・・
しかし頼朝亡き後は
また波乱の人生が待ち受け、
最後は流刑地の対馬へ行く途中、太宰府で命を落としたそうです。

いや〜〜映画の一本でも作れそうな
ドラマチックな人生だな〜と、
検索してみたらありました〜
地獄門
昭和28年って、、、かなり古いですね。。。
他、江戸時代には
歌舞伎や人形浄瑠璃の
題材にもなったようです。

京都には文覚と袈裟御前縁の
『恋塚寺』があります。
行ってみた〜〜〜い!!











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by midorikojika | 2017-07-08 00:42

八重姫・政子・時政・頼朝との出会いが運命だった。

伊豆韮山へ頼朝流人時代の史跡を訪ねに行って来ました〜

伊豆長岡の駅からレンタサイクルで回る予定でしたがまさかの雨・・・

で、泊まりがけだったので1日目は歩きで回れる範囲だけ。。。

まずは真珠院
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頼朝の最初の彼女?八重姫を祀る八重姫御堂(静堂)があります。
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伊豆で流人生活をしていた頼朝と平家方の監視人、伊東祐親の娘である八重姫が恋におちて千鶴丸っていう男の子も産まれますが、京から3年ぶりに戻った父の激怒に合い、子は殺され、他の男に嫁がされ、それでも頼朝が忘れられずに逃げて来ると彼は北条政子と結婚していた。
絶望した八重姫はこの地で入水自殺(涙)
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↑こちらが八重姫堂
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願掛け石(年の数たたくと願いが叶うそうです)
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八重姫主従七女之碑
八重姫に従っていた侍女6人が、真珠ヶ淵に身を投げた八重姫を葬り弔ったのが真珠院のはじまりだと言われているそうです。
八重姫を葬った侍女たちは、伊東へ帰る途中で自害したそうです。(涙)

次に来たのは八重姫とは対照的な道へ進んだ北条政子産湯の井戸
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ふっ、、、古い〜井戸。。。だけど手入れはしてある様ですね。
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使ってはいないみたいだけど、私の様な歴史好きのために保存してあります。

北条政子については誰でも知るところですね。
当時、地元の小さな?豪族だった北条氏が(八重姫の伊東氏の方がずっと大きかったらしい)鎌倉幕府150年を取り仕切る事になろうとはこの産湯に浸かった政子が産まれた時にはだれも想像し得なかった事でしょう。

そしてその父、時政
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ここ、願成就院(がんじょうじゅいん)は、北条時政が頼朝の奥州平泉討伐の戦勝祈願のため建立したというお寺です。
ここに時政自身も眠っております。
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八重姫のお父さん、伊東祐親は当時の絶対権力だった平氏を恐れて罪人である頼朝の子供なんてとんでもない!と、千鶴丸を殺し、姫と頼朝を別れさせてしまいましたが、時政は最初は反対したもの、政子の固い意志に遂には2人を許して頼朝挙兵の際には源氏側につき、、、と家族ぐるみで頼朝を支えて鎌倉幕府へと進んで行きますが、、、、
この時政さん、トホホな晩年です。上記まではかっこいいお父さんだけど、
頼朝亡き後、権力維持のため次々に御家人を抹消して行き〜の、最高権力者となったお父さんは後妻の牧の方とその息子(連れ子)のわがままを聞き入れ判断力が無くなったのか、
自分の孫である時の将軍、実朝の暗殺計画を企てます。

これが政子とその弟2代執権義時にばれて伊豆に幽閉・・・
10年後に寂しくこの世を去ったそうです。

権力って恐い。
全て自分の意のままになると思えてしまうのか?
悲しい結末です。
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by midorikojika | 2015-10-25 15:44


愛犬をお供にゆる?く史跡を巡った日記です
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